9月16日 聖コルネリオ教皇 聖チプリアノ司教殉教者

第一朗読  一テモテ 1・15-17
(愛する者よ、)「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。しかし、わたしが憐れみを受けたのは、キリスト・イエスがまずそのわたしに限りない忍耐をお示しになり、わたしがこの方を信じて永遠の命を得ようとしている人々の手本となるためでした。
永遠の王、不滅で目に見えない唯一の神に、誉れと栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

福音朗読  ルカによる福音書 6:43-49
(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「悪い実を結ぶ良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる。茨からいちじくは採れないし、野ばらからぶどうは集められない。善い人は良いものを入れた心の倉から良いものを出し、悪い人は悪いものを入れた倉から悪いものを出す。人の口は、心からあふれ出ることを語るのである。」
「わたしを『主よ、主よ』と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。わたしのもとに来て、わたしの言葉を聞き、それを行う人が皆、どんな人に似ているかを示そう。それは、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を置いて家を建てた人に似ている。洪水になって川の水がその家に押し寄せたが、しっかり建ててあったので、揺り動かすことができなかった。しかし、聞いても行わない者は、土台なしで地面に家を建てた人に似ている。川の水が押し寄せると、家はたちまち倒れ、その壊れ方がひどかった。」

祈りのヒント
イエスの語る言葉を聴き取り、愛の言葉に自分を重ねて行うことは簡単ではない。時間も、忍耐もいる。
自分の言葉に従う方へと簡単に流されてしまうが、イエスの言葉を土台に据えてみよう。
心の深いところで出会ったイエスの言葉は、イエスに愛されていることを知り、イエスに信頼して歩む力となる。
イエスに倣って生きる日々の生活の中から、神への賛美と感謝の言葉が溢れますように!
(毎日のみことば 2023-09-16)

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