9月27日 聖ビンセンチオ・ア・パウロ司祭

第一朗読  ゼカリヤ書 8:1-8
万軍の主の言葉が臨んだ。「万軍の主はこう言われる。わたしはシオンに激しい熱情を注ぐ。激しい憤りをもって熱情を注ぐ。
主はこう言われる。わたしは再びシオンに来て エルサレムの真ん中に住まう。エルサレムは信頼に値する都と呼ばれ、万軍の主の山は聖なる山と呼ばれる。万軍の主はこう言われる。エルサレムの広場には 再び、老爺、老婆が座すようになる。それぞれ、長寿のゆえに杖を手にして。都の広場はわらべとおとめに溢れ 彼らは広場で笑いさざめく。万軍の主はこう言われる。そのときになって この民の残りの者が見て驚くことを わたしも見て驚くであろうかと 万軍の主は言われる。万軍の主はこう言われる。見よ、日が昇る国からも、日の沈む国からも わたしはわが民を救い出し 彼らを連れて来て、エルサレムに住まわせる。 こうして、彼らはわたしの民となりわたしは真実と正義に基づいて彼らの神となる。」

福音朗読  ルカによる福音書 9:46-50
(そのとき、)弟子たちの間で、自分たちのうちだれがいちばん偉いかという議論が起きた。イエスは彼らの心の内を見抜き、一人の子供の手を取り、御自分のそばに立たせて、言われた。「わたしの名のためにこの子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。あなたがた皆の中で最も小さい者こそ、最も偉い者である。」
そこで、ヨハネが言った。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちと一緒にあなたに従わないので、やめさせようとしました。」イエスは言われた。「やめさせてはならない。あなたがたに逆らわない者は、あなたがたの味方なのである。」

祈りのヒント
弟子たちの「誰が一番偉いか」論争、そしてイエスの名前や力の“専売特許”化の発想は、今のビジネス社会とあまり変わらないかもしれません。

一方でイエスは、見ず知らずの人が自分の名前を使ってもOK、その人は味方だから、という寛容さです。自分の地位、自分のグループ、自分、自分…と排他的になる心に、イエスは今日も語りかけます。

(毎日のみことば 2021-09-27 )

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