祈りと生活

自分の人生の中で神を味わう 2

前回のポイントに沿って、自分の人生のその時々を思い出して書き留めたら、それで私たちは「自分を見つけた」というわけではありません。神を見つけたと思ったらなおさらのことです。プレゼントを頂いた時に、ただそれを帳簿につけて、後は忘れてしまうようなことはしないでしょう。プレゼントを受けた時には、その美しさを見て味わって楽しみ、それをくれた人を意識して心からありがとうと言うだけでなく、プレゼントを手にしながら、それをくれた人としばらくの間過ごし、その人自身を直接に喜ぶでしょう。 神からのプレゼントの場合、まず思い出してメモを取るのは必要ですが、大切なのはその後のことです。すなわち一つを取ってその時を思い出し、その時の喜びや感激等を今、少しでも感じ、その時の偉大さと美しさを今また味わうことです。 そして、その瞬間に神御自身が現存し、神御自身がこの私を成功させ、愛するように生かして下さること、愛されている自分、成功している自分、賜物である自分と共に喜んで下さる神を味わうのです。すなわち、このエクササイズを次の三つのステップでやってみて下さい。

① その恵みや成功を思い出し、
② その時の喜びや安らぎを今も感じて、、
③ そこにいて、それを与えて喜び育んで下さる神御自身を味わう。

このプロセスを、「自分の生活を観想する」と言います。「自分の人生の中で神を味わう」とか、あるいは「神と共に自分の人生を味わう」とも言えます。
大事なのは、すべての項目を早く終えることではなく、自分の人生の中でたとえ一つのポイントだけでも神が私を愛してくださったことを深く静かに味わって、その喜びにとどまることです。
このエクササイズをやる時、過去のありがたく嬉しかった時ではなく、いつのまにか昔の失敗、罪、傷等を思い出して、せっかく忘れようとしていたことにまた直面し、落ち込む人がたくさんいます。もし、人生を一つの線で描くならば、高い点もあれば、深く落ち込んだ時もたくさんあります。今の段階のエクササイズでは、高いところを見て、ネガティヴな時を意識しないで頂きたいのです。いつかそれを取り上げる時が来るでしょう。今ここで意識してほしいのは、高いところだけです。
神は私が神を愛さず、あるいは失敗し罪を犯し否定した時でさえ、私と共にいて、私を愛しておられたことを感じてほしいのです。神は、いつか私がその愛に気づいて感動し、神とのかかわりのうちに生きようと望むようになることをずっと待ち望んで楽しみにしておられるのです。この神の愛に今、心を開くことができたらと思います。

イシドロ・リバス 著 「祈りを深めるために(その1)―自分の人生の中で―」(新世社) 『自分の歴史の中で神を見つける』 より
(生活の霊性-祈りを深めるために 6)

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