こころの散歩

あげることの中には癒しが

あげることの中には癒しが

 男は鉄の橋の上に立っていた。20メートル下には濁流が渦を巻いていた。
 もう他に方法はなかった。彼はあらゆることをやってきた。しかし彼は要求するばかりで、何も与えてこなかった。どうしようもない男だった。彼にとって濁流こそもっともふさわしい終着駅だった。
 そこへみすぼらしい身なりの男が通りがかり、橋の上に立っていた彼を見て声をかけた。「もし、一杯のコーヒーが欲しいんで、10セントコインはありませんかね?」
 彼はうっすらと笑った。「ん?ある。10セントコインよりもっとある。」彼は財布を取り出した。「さあ、みんな持って行きな。」財布の中にはざっと100ドルあった。彼はそれを取り出して、男のほうに放った。
 「何のつもりで?」と彼は言った。
 「いいんだ。俺がこれから行こうとする先では要らないものさ。」彼は川をちらりと見やった。男はお札を拾い集め、それを手に握り締めたまましばらく、どうしたものかと迷っていた。それから言った。「いやあ、だめだめ。そいつは駄目だ。俺はこじきだけど、臆病者じゃあない。俺は人さまのお金を取るようなまねはしねえ。この薄汚れた金は、川の中へでも持っていきな。」彼は欄干の向こうにお札を投げた。お札はひらひらと舞いながらゆっくりと暗い川へ落ちていった。「あばよ、臆病者のおっさん」そう言って彼は立ち去った。
 自殺しようとしていた男は息を呑んだ。突然彼は自分が投げ捨てたお金を彼にもらって欲しいという思いにかられた。彼はあげたかったのだ。でも、それができなかった。誰かに何かをあげる、してあげるということ。それだ。与えるということだ。それは彼がこれまでに一度だってやったことがないことだった。人に与えて、・・・そして幸せになる・・・。彼はもう一度川を見た。そして、そこから離れ、男の後を追った・・・。

“Christopher Notes”より
  

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