2008年3月  4.赦しと救い
 私たちの信仰の中心は、罪の赦しと体の復活にあります。神にたちかえり、神を畏れ敬い、神にすべてを委ねるときに、赦しと救いが実現するのでしょう。イエスの十字架の隣で、「わたしを思いだしてください」と祈り願った十字架上の犯罪人の一人は、イエスが神の子であると確信し、神にたちかえりました。まさにいのちを閉じようとしているその一瞬のうちに、その犯罪人のすべての罪が赦され、そして「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と、天の国での体の復活が約束されたのでした。罪と死から、救われたのでした。

 癒されることと、救われることは違うのです。癒しとは、本来人間に備わっている「いのちの営み」を取りもどすことを指しています。緑豊かな山裾に行って、おいしい空気を胸いっぱいに吸い込んだとき、「いのちの営み」が活性化されて、人がいっそう人らしくなって、癒されるのです。病気が癒されることも同じです。病んでいた部位が本来の働きを取りもどして、人がいっそう人らしくなって、癒されるのです。癒しは、極めて現世的で、「いのちの営み」にかかわる事柄なのです。神が私たちを愛してくださっていることは、この癒しの体験から確信することができます。ところが、癒されないままにいのちを失った人にも、福音のために迫害されて苦しんでいる人にも、人を殺(あや)めて罪の償いの中に生きる人にも、救いは訪れるのです。神にたちかえり心を神に向けることができれば、救われるのです。

 復活された主は、救い主イエスです。この救いの業が「天に行われるとおり、地にも行われますように」と祈りながら、神の国の完成を待ち望みましょう。