2009年8月  3.8月15日 始まりの日
 戦争が終わったのに、そしてその戦争から60年以上も経っているのに、日本にはたくさんの戦争のための武器があります。軍事費は、GDPの約1パーセントですが、その額は、平成19年度で4兆7818億円です。毎年、軍備を整えても、それを使って戦争をしているわけではないので、武器は貯まるばかりです。もし、軍備に充てる予算が、社会保障や福祉に使われれば、苦しんでいる人びとがどんなにか救われることでしょう。でも現実に、軍備なしの安全保障は、一般的には支持されていません。「敵が攻めてきたらどうするのだ」というのですが、どの国が日本の敵となるのでしょうか。

 主は多くの民の争いを裁き
 はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。
 彼らは剣を打ち直して鋤とし
 槍を打ち直して鎌とする。
 国は国に向かって剣を上げず
 もはや戦うことを学ばない。(ミカ書4・3)

 武器を農具に作りかえる知恵は、何と旧約の時代に神が示しておられたのです。そして、「国は国に向かって剣を上げず」と、暴力に対しても暴力で報いず、戦いを放棄する姿勢が、明確に神から示されているのです。しかし、弱い人間である私たちは、何も武器を持たない完全な非暴力に、すべてをゆだねられないのです。
 この弱さに、闇の力は忍び寄ります。「護らなければ、自分のいのちは保守されない。自ら武器を取って戦うことは、すべての人に与えられている権利なのだから」と私たちの心を揺り動かして、闇が最も望む、争い、戦いの道へ私たちを導いていくのでしょう。

 今こそ、イエス・キリストの完全な非暴力に望みを置き、核兵器の完全な廃絶、軍備の放棄への道を、キリスト者が束となって推し進めていきたいものです。
 キリストの平和が、一日も早く、この世界に実現されますように。