2009年12月 4.受肉の神秘を生きる |
![]() この説教の言葉の主旨は、私たち一人ひとりにおけるその魂の根底からの霊的誕生にこそ神の恩寵の業が真の実を結ぶことにあろう。中世キリスト教の理解では、(聖)霊の働きと身体的次元での出来事との乖離が信仰の秘儀を捉えるための枠組みとなっていることは否めないが、逆にこの言述では「神の子の誕生」という出来事が単に遠い歴史的な場所においてではなく、正に私たちにたった今、生起し得る霊的再生であることを呼び起こす。 今日、神の子の受肉は信仰生活においてどのように受け止められ得るのだろうか。 人間と人間的世界の現実がその最底辺に至るまでイエス・キリストの生と死において神の内へと受容され、神の霊的生命へと懐胎されるプロセスにあることをこの秘儀の観想からより深い確信をもって実感できるならば、わたしたちが〈受肉の神秘を生きる〉ということ自体がその都度神がなされ開設される恵みの業であり、全現実に対する慈しみに満ちた救いの営みに他ならぬことが自覚されるであろう。 |