2011年9月  3.キリストに従う多くの婦人
 9月は日本国内にいる移住移動者の子どもたちのために祈る月ですが、現実に目を向けると祈る言葉が出ません。
 数年前になりますが、父親が日本人で母親が外国籍である中学生の男子が、実の父親をナイフで刺し殺した事件がありました。母親も本人も熱心な信徒で、ある司祭はその少年が将来司祭の召命があると思って、大事にしていました。ところがある日、少年は父親を殺してしまったのです。それも周到に準備された殺人でした。少年は、父親が自分を憎んでいると思い込んでいたのです。原因は、父親の叱り過ぎでした。母親はオロオロして止めようがなかったのでした。この時、その司祭は自分として何ができるかと祈ったのですが、法の前には無力でした。
 小教区の現場では、教会の信徒数の半数が、移住・移動信徒であるということが実感され、しみじみと新しい時代が来たと思います。そして司祭だけが一人で取り組んでも、解決できないことが多いのです。同時に教会は共同体で、キリストの神秘体であることも実感します。つまり、もし病める部分があるのならば、体全体で助け合っているのです。
 日本にいる移住・移動者の問題を解決する際には、宣教者として来ているシスターや多国籍のご婦人方の協力が救いです。「そのほか多くの婦人たちも一緒であった。彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた。」(ルカ8・3)と伝えていますが、東日本の大震災でも、被災地で奉仕している方はご婦人たちが多く、ケセン語訳聖書は「その他大勢の女等(おなごァど)も居で、持ったものオ出すあって、皆ァどごをォお世話すてだった」と報告していますが、まさにその通りだと思います。キリストに従う多くのご婦人たちに、感謝の気持ちを表して、この一週間をささげたいものです。