2012年7月  1.日本の殉教者の執り成しを願う
 今週は、日本の教会が取りあげた祈りの意向を深めてみましょう。7月1日は福者ペトロ・カスイ岐部と187の殉教者の記念日です。私たちは「執り成しを願う」「記念する」などと言いますが、その深い意味をあまり考えていないように感じます。以下のことが、少しでも祈りの助けとなりますように。

 執り成しを願う時に、私たちは漠然と聖人は過去の人だと捉えています。これは確かに大切なことですが、聖人や福者は、天の国に上げられて今も生きており、主イエスに結ばれているものとして、同じ教会の一員、私たちの兄弟であるのです。そのことを思えば、信頼を持って祈ることができるでしょう。さらに彼らは殉教によって、日本とその教会との絆を断ち切ったのではなく、今でも、日本人の救いのためにあらゆる犠牲を払って、殉教に向けた熱意を続けて持っておられるのです。このことを心に留めて祈り、心を尽くして福音宣教を続けてまいりましょう。
 殉教者の執り成しを願うことは、彼らを尊敬し、殉教によって示された証しを受け入れ、私たちもそのように信じて生きるという宿題が伴っています。
 言うまでなく、執り成しを願うことは、私たちもいつか彼らと一緒になれるように、主イエスが示してくださった道を最後まで歩もうとすることをも意味するのです。
 殉教者は主イエスを一番身近に感じさせると同時に、各時代にそれぞれの国でどのように教会が生まれたかをよく思い出させてくれます。主と彼らの犠牲の上に、神の民が集められ、教会になっていくのです。それにならって、私たちも直面している困難を乗り越えて、殉教者の働きを受け継ぐことができますように。
 殉教者を心に刻みながら、祈りのうちに過ごしてまいりましょう。