2012年8月  5.貧しくされた人たちと共に生きる
 カンボジアに旅行した時、JLMM(日本カトリック信徒宣教者会)から現地に派遣されていた日本人の若い女性が、旅に同行してくれました。
 彼女がカンボジアの人たちと触れ合う姿から、JLMMの「共に生きる」という姿勢を学びました。彼女はクメール語を使って現地の人たちの真っただ中に入っていきます。子どもたちも親たちも、皆彼女を信頼して近寄ってきます。
 彼女は、貧くされた人たちと共に生きる中で、自分自身が神と出会わせていただいているということを、わかち合ってくれました。「悲しい時や落ち込んで途方にくれる時に、もたれるための肩を必ず誰かが差し出してくれる。ある時にはただ共にいてくれる。彼らの中に神が共にいてくださっていることを感じる」という話でした。
 広く見渡せば、社会の痛みにこのように奉仕している若者がいることに気づかされ、心に喜びが広がります。社会の痛みに触れる体験は、同時に、そこで働かれているイエス・キリストに出会う体験ともなります。それは大きな霊的成長の機会です。このような機会をたくさんの若者たちに持ってもらいたいと思います。私自身もそのような願いから、若者たちを沖縄や被災地、社会の痛みの場所へと連れていくことを大切にしています。
 若者たちが貧しい人たちと共に生きるもう一人のイエス・キリストとなっていくことを祈りたいと思います。今週は、社会の痛みに奉仕する若者たちが増えていきますようにと祈りながら過ごして参りましょう。