2013年1月  4.キリスト教一致祈祷週間
 今年も1月18日を迎えました。キリスト教一致祈祷週間の最初の日です。一致は、イエスの最後の願いでした。「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください」(ヨハネ17・21)。唯一の神が三位一体の神秘であるように、その似姿である人間は神と結ばれ、お互いも結ばれなければならないのです。しかし残念ながら、キリスト教は分裂の歴史をくりかえしました。キリスト教一致祈祷週間が設けられてからも長い時が経ちましたが、未だに一緒に集って祈ることは容易ではなく、それが入信のさまたげの一つになっているのも事実です。
 大阪の日雇い労働者の街である西成でのことです。一人の青年が尋ねました。「キリスト教が各派に分かれているのがつまずきとなって、入信できませんでしたが、それがなぜここ西成では一致して行動することが可能なのでしょうか」と。その質問に対して、ある牧師が平然と答えました。「一人の病人が倒れていたら、そこにいる人々が一緒に協力して助けるのは当たり前だろう」と。
 1月18日のミサの福音箇所は、中風の人をいやされるイエスの姿です。4人の男が協力して中風の人を運んで来たが、群衆がたくさんいてイエスのもとに連れて行くことができなかったので、「屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした」(マルコ2・4)のです。これは常識から判断すれば実に乱暴なやり方です。しかしイエスは、その人たちの篤い信仰をみて、病人に「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われます。キリストを信じるということは、皆が兄弟姉妹となって助け合うということなのでしょう。
 1月25日の金曜日は、キリスト教一致祈祷週間の最後の日で「聖パウロの回心」の日にあたります。あの日パウロは、自分が正しいと思ってキリスト教徒を迫害していました。ところが突然、天からの光が彼の周りを照らし、まだサウロだったパウロを地上に倒し、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」(使徒言行録9・3)との声が聞こえたのでした。キリスト教徒はキリストの神秘体、信仰共同体と言われます。そして、刺し貫かれたキリストのみ心が神秘体の心なのです。このことを思いめぐらし、キリスト者の信仰共同体が一日も早く一つになることができるようにと祈ってまいりましょう。