2014年6月  2.失業者の本当の辛さ
 失業者という言葉を聞くと、真先に浮かんでくるのは経済的な困難です。その人はどう生きるか、毎日ちゃんと三食を食べられるのか、家賃を払っていけるのか、などです。養うべき家族がある場合、特に介護を必要とする人、あるいは子どもがいる場合には、非常に苦しい立場にたって、精神的に行き詰まってしまいます。
 さらに、苦しい面があります。それは、大人として、男として、女として、人間失格だという呵責から解放されることができないことです。どこにいても、何をしていても、その呵責は追いかけてきて、心が安まらないのです。呵責を忘れるために、麻薬やアルコールやギャンブルという罠に走ったりします。それこそ悪循環になります。飲めば飲むほどお金はかかるし、また経済的に困れば困るほど、それを忘れるために悪癖に救いを求めてしまうのです。
 その罠にかかると人間は一番大事なものを失っていきます。それは人間としての尊厳、神の子である意識を損失します。信仰によって、私たち人間は天地創造主の傑作品であることを知っています。しかし自分の堕落した生き方を考えると、自分だけは「失敗作品」だとしか考えられません。「自己嫌悪」という感じがひとたび心に浮かんでしまうと、「ありのままに愛されている」と言われても、これを聞く耳はありません。「I am not OK」、私は駄目な人間だと腹の中で決めてしまっているのです。
 たとえ失業したとしても、労働政策や福祉政策による経済的支援を受け、できるだけ早く次の仕事を見つけて、人間としての自信を取り戻すことができるように、支えてまいりましょう。そして、心の苦しみに寄り添って、ともに祈ってまいりましょう。