2015年5月  4.集団的自衛権を行使すること
 日本の自衛隊という呼称の軍隊が、集団的自衛権を行使することができるようにするための法律案が、閣議決定されました。平和憲法が事実上放棄されることとなる、日本の国際関係上の、大きな変化が起きようとしています。
 日本国憲法は、戦争を放棄することをうたった、世界でも例がない憲法です。日本のカトリック教会は、この日本国憲法の精神を「平和憲法」という表現で尊重してきました。教会を挙げて、「ピース9」という活動にも加わってきました。ところが昨年から、この平和憲法の屋台骨を揺るがす事態が、起こってきたのです。
 「個別的自衛権」と「集団的自衛権」は国際法上いずれの国家にも認められた権利です。個別的自衛権とは、自分の国が攻撃されたときに、自衛のために戦う権利があるということです。集団的自衛権とは、同盟国が攻撃されたときに、同盟国のために戦う権利があるということです。日本では、昨年まで、政府の憲法解釈によって、集団的自衛権をもっているけれども、平和憲法があるのでそれを行使することができないとされてきました。ところが昨年、政府の憲法解釈の変更によって、集団的自衛権は、制限がありながらもそれを行使できることになったのです。平和憲法の一角が、崩れてきました。制限がありながらというのは、自衛隊を個別的自衛権の枠を超えて派遣(派兵)する必要が生じたときは、そのたびごとに法律を制定することが必要とされたのです。時限立法です。
 今、与党自民党と、国会で起きていることは、時限立法ではなく「恒久法」として集団的自衛権の行使が可能なように法改正する動きなのです。
 政府の見解は、「集団的自衛権を持つことは、戦争の抑止力になる」というものです。しかし、ひとたび国際紛争が起きてしまったら、同盟国が攻撃されていれば、それを援護するために、自衛隊という軍隊は、戦争をするということなのです。
 今は、とても大事な時です。奇しくも、今月の祈りの意向として、日本の教会は、「平和憲法の尊重」を掲げています。
 難しい法律用語で、その本質を覆い隠している今日の「集団的自衛権の恒久法化」の動きの真実をしっかりと把握して、イエス・キリストが示した教えと比べてどうなのかを、一人ひとりが識別して、はっきりと自分の態度を決めることができるように、今の日本の政治の動きに敏感になって、過ごしてまいりましょう。