2015年7月  3.子どもたちは神さまからの預かりもの
 子どもたちのことが心配です。IS「イスラム国」に支配されている地域で暮らす子どもたちや、ナイジェリアのイスラム過激派組織イズボラに誘拐されて、性的奴隷にされたり兵士にされたりしている子どもたちは、一体どのような毎日を過ごしているのでしょうか。
 紛争地域から逃れて、避難民となり、さらには国境を越えて難民となった子どもたちは、どのような毎日を過ごしているのでしょうか。戦争や紛争で親を失った子どもたちは、どうでしょう。貧困がゆえに親が養育を放棄せざるを得なくなって、寒さをしのいでマンホールに生活の場を見いだしたルーマニアやモンゴルのマンホールチルドレンはどうでしょう。
 いのちの誕生は神秘です。人間をはじめ、すべての動物は、さらにはすべての被造物は、雄と雌の交わりによって、神からいのちを授かるのですが、人間だけは、自分の力によって新しいいのちが誕生すると思い込んでいるようです。どんなに愛し合っている夫婦でも授からないこともある一方で、望まない妊娠ということもあります。新しいいのちの誕生は、まさに神秘、神の業なのです。
 いのちは神のものであると、私たち人間がしっかりと認識していれば、夫婦に授かった新しいいのちは神からの授かりものであり、また同時に神からお預かりしたものであると、捉えることができるでしょう。神からの預かりものを、大切に扱うことは、きわめて自然な営みです。神の望みを喜んで引き受けることができる大人になるまで、大切にお預かりして育てるのです。
 子どもたちが心配です。いのちは親のもの、いのちは支配者のものと捉えている社会では、神の子としての子どもたちの成長は望めません。
 今月の日本の教会の意向は、「子どもたちの解放」です。いじめや虐待、貧困から解放されるように祈り、また心を全世界に向けて、それぞれの場で神からの授かりものとしての待遇を受けることができない子どもたちに心を寄せて、祈りの一週間を過ごしてまいりましょう。