2016年7月  5.高山右近の霊性
 ユスト高山右近の列福式の日程が発表になって、右近がどのようにして自らの霊性を養ったのか、関心が高まってきました。亡くなられた溝部脩司教は、日本カトリック神学院の紀要に「キリシタン時代の霊性」と「高山右近は霊操にあずかった」の2つの研究ノートを寄稿しています。そして、高山右近の霊性の源泉は、ロヨラの聖イグナチオの「霊操」にもとづいていることを論じ、生涯のうちに二度「霊操」の祈りを体験していることを明らかにしました。
 ロヨラの聖イグナチオの「霊操」とは、マンレサの洞窟で自らが祈った体験から、どのようにしたら神のみ旨を生きることができるか、その道を整理した祈りのプログラムと言うことができるでしょう。誰もが、自らの召命を確認し、「識別と選定」によってその使命を受け取ることができる、祈りのプログラムなのです。右近はこのプログラムに二度あずかったと言われているのです。
 ところで、一生のうちに、たった二度だけ、「霊操」のプログラムにあずかったからといって、殉教の道を歩むことはできなかったでしょう。どのように祈りをささげながら、日々を歩んだのか、そこが大きな疑問として浮かび上がります。
 右近は、父ダリオとともに、「ミゼリコルディアの組」という信徒の使徒職団体の重要なメンバーでした。病人を癒やし、行き倒れの人を丁重に葬る活動を、共同体の営みである「組」として行っていました。「ミゼリコルディアの組」の規則は記録として残されてはいませんが、同時代に活動していた「さんたまりあの組」の規則が、ローマに残されていました。その規則を見ると、どのようにして日々霊性を深めていたかが分かります。規則の第五条に「毎日あさのつとめと並にねさまのゑさめをたしかに修(りん)じ行(おこなわ)せらるべき事」とあります。これは「毎日、起床時の勤めと就寝時の『良心の糾明』を必ず励行すること」です。何とこれは、「きょうをささげる」で推奨している日々の祈りとまったく同じなのです。
 高山右近の霊性の源泉は、「きょうをささげる」の朝の「ささげ」と夜の「究明」によって育まれていたことが、歴史的に明らかになってきたのです。
 日々、「きょうをささげる祈り」を唱えてその日をスタートし、夕べに「ありがとう」「ごめんなさい」「よろしくお願いします」と究明を励行して、ユスト高山右近に倣った日々の生活を心がけてまいりましょう。