2018年8月  5.平和の源
 私たちの生命の連鎖が今日まで続いた想像を超える時間の流れの中で、私たち人類は常に平和を希求してきました。今、この瞬間にも、平和を望まない人は誰一人としていません。たとえ世の矛盾を打破するために暴力を用いることを正当化しているテロリストでさえ、平和を願い求めています。この一人ひとりの中にある平和への希求が、なぜ実現しないのでしょうか。なぜ、人が人を殺(あや)めるのでしょうか。
 一人の人間としてこの世に生命をいただいた者すべてに、人間としてふさわしく生きる権利が与えられているという認識、つまり、人間の尊厳と人権について、すべての人が何よりも優先する規範として承認していることがその源になるのではないでしょうか。
 この「きょうをささげる」のサイトでもたびたび取り上げてきた「世界人権宣言」は、人類が悠久の時を経て手に入れた最も優れた宣言です。第二次世界大戦後、敗戦国での復興が進められ、アフリカで独立運動が盛んに進められたその時期に、世界の平和を願って国際連盟から国際連合に改組した世界のほとんどの国が加盟する団体の1948年の総会で、この「世界人権宣言」は採択されました。平和の源は人間の尊厳と人権の尊重にあるとの認識が、世界政治の舞台で確認されたのです。
 今年は、この宣言から70周年を迎えました。世界水準の規範として受け入れられているはずの「世界人権宣言」の主旨は、日々の生活の末端まで行き渡ってはいません。家庭で子どもが虐待されたり、学校で銃の乱射事件が起きたり、人身売買によって身柄を拘束される子どもがいたり、などなど、悲しい現実が日々伝えられています。ここで、一人ひとりの命はいかに尊いものかを、声を大にして世界に発信しようではありませんか。
 日本の司教団が呼びかけた「平和」のためにささげる一カ月を閉じるにあたって、「人間の尊厳と人権の尊重」こそ平和の源であると伝えてまいりましょう。