2020年10月  1.預言の賜物
 教皇の福音宣教の意向は「教会における信徒のミッション」です。第二バチカン公会議の公文書「信徒使徒職に関する教令」では、第1章2で、「信徒は、キリストの祭司職、預言職、王職に参与するものとされ、神の民全体の使命の中で自分なりの役割を教会および世において果たしている」と記されていて、信徒は使徒職を行う権利と義務を保持していることが明確に述べられています。
 私たち一人ひとりの信徒としての固有の使命を、どのようにして受け取ることができるのでしょうか。教令では「自分なりの役割」と表現されていますが、神がこの私に特にどのような役割、つまり、固有の使命を望んでおられるのでしょうか。どのようにしたら、そこに至ることができるのでしょうか。
 私たちキリスト者は、神の望みをこの時この場所で生きるように招かれています。ですから、祈りの中でこの私に対しての神の望みに気づき、喜んで神の望みを生きることです。この神の望みに気づくことが、預言の賜物と言われることにほかなりません。旧約の時代には、モーセやメルキゼデク、イザヤやエレミヤなどの預言者が、神のことばを「預かり」、人々にそれを示して救いの道を歩んできました。神のひとり子イエスは、あがない主として死を滅ぼして永遠のいのちに導いてくださったのですが、公生活の中でたびたび神のことばを預かって人々に示す預言者でもありました。
 第二バチカン公会議を経て今私たちは、旧約の預言者たちのように、一人ひとりが神の言葉を預かる「預言職」に参与するよう招かれているのです。ですから、祈りを深め、神と対話して、この私に何を望まれているかをはっきりとつかみ取ることが求められるのです。
 祈りの中で、私の願い、私たちの願いを、心を開いて神に伝え、また、心を研ぎ澄ませて神の願い、神の望みを聞き分け、神と対話することを心がけ、いただいている預言の賜物を大切にする日々を過ごしてまいりましょう。