2020年11月  4.忘れ去られた人々
 アメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞(National Book Reward)」の翻訳文学部門に柳美里さんの小説『JR上野駅公園口』が選ばれたというニュースが11月19日に報じられました。この作品では、上野公園でホームレスとしての生活を余儀なくされた福島県出身の年老いた男性が主人公で、家族を支えるために出稼ぎにきた男性の人生、ホームレスの生活の実態が細かく描写されており、経済成長の影で見過ごされ、忘れ去られた人々の心に共感を覚える小説です。
 受賞の知らせを受けた柳氏は、「私は2011年に爆発した原子力発電所から16km離れた、元避難区域の南相馬市に住んでいます。『JR上野駅公園口』の主人公も南相馬市出身です。南相馬の人たちとこの喜びを分かち合いたいです」と述べ、「社会で隅に追いやられた人たちの問題が、共感を持って読んでもらえたのでは」とも語っていました。
 日本の教会は「教皇訪日一周年にあたって」の標題のもとで、昨年11月に教皇が発せられたメッセージを、地球のすべてのいのちに対する配慮と、この世界で見捨てられ、忘れ去られた人々の叫びに気づくことの2つに整理して、一人ひとりがそのために自分の役割を果たすことができるようにと祈ることを奨めています。今回の柳氏の受賞は、この意向に即しているだけでなく、日本、そして全世界に向けて、社会から忘れ去られた人々への関わりを思い起こさせることでしょう。
 柳氏は東日本大震災をきっかけに福島県南相馬市にできた臨時のラジオ局でパーソナリティを務め、2015年には南相馬市に移住し、2018年に書店をオープンさせるなど、地域に根ざした活動を続けています。そして、今年の復活祭にカトリック教会で洗礼の恵みをいただいたことを、ご自分のブログに綴っています。「13歳の時にミッションスクールに入学し、聖書と出会い(宗教委員でした)、教会に通いつづけてきましたが、洗礼の手前で立ち止まっていました。どうしても、一歩が踏み出せなかった。だから、わたしの人生にとって、受洗は、非常に大きな決断で、血の気が失せるほど緊張しました」とも分かち合っています。
 私たちも、柳氏の受賞にお祝いの気持ちを抱きながら、氏が全世界に伝えようとしている「忘れ去られた人々」への思いについて思い巡らし、祈りをささげてまいりましょう。