2025年9月  1.オキシトシンと認知症
 日本の教会の意向は高齢者です。「いただいたいのちを神の恵みのうちに受け取ることができますように」と祈るように、私たちに呼びかけています。
 ところが、この「受け取る」という営みは、認知機能に関わることで、外界の物事を知覚し、それを理解・判断する一連の心の営みである認知は、加齢とともにその機能が低下する傾向が高く、日常生活に支障が出るようになると、それは認知症と呼ばれる状態となります。わが国では、65歳以上を対象とした調査(2022年度に厚生労働省が実施)の推計では、認知症の割合が12%、その前段階と考えられる軽度認知障害(MCI)の割合が16%という結果が示されていて、高齢者の3人に1人は、認知する機能、すなわち「受け取る」営みが衰えていることが分かります。
 認知症であるかどうかは、外見からは分かりません。対話をしたり、生活状況を観察したりしていると、もの忘れがひどい、判断・理解力が衰える、時間・場所がわからない、人柄が変わる、不安感が強い、意欲がなくなる、といった症状が現われていることに気づきます。上記の6つの症状は、「公益社団法人認知症の人と家族の会」が作成した認知症早期発見のめやすです。というのは、認知症はそのままにしておくと進行するので、早期に適切な診断を受けることが大切だからです。
 さて、オキシトシンという言葉を耳にしたことがあるでしょうか。これは、脳の視床下部でつくられ脳下垂体から分泌されるホルモンで、セロトニン、ドーパミンと並ぶ「3つの幸せホルモン」の1つです。妊娠・出産、授乳、スキンシップ、人やペットとの触れ合いなどで分泌が促進されます。このホルモンが、認知症との関係で注目をあびるようになりました。
 オキシトシンの主な働きは、婦人科領域での子宮収縮・乳汁分泌促進のほか、信頼感・愛着の促進やストレス軽減といった中枢神経系への作用があります。これらに加え、心拍数の低下、食欲抑制、体温調節、表皮の再生促進など、心身の健康維持や社会的な絆を育む幅広い役割を担っています。そして、脳内の活動低下や認知機能障害を改善する可能性があり、アルツハイマー型認知症の治療薬候補として期待されています。オキシトシンを介して認知機能が亢進する神経回路の働きも明らかにされつつあります。
 認知症になった高齢の母親が、見舞いに来た実の娘を認識できず、暴力をふるって介護に抵抗して困り果てたところ、優しく腕をさすって語りかけるようにしたら、暴力が収まり表情が優しくなった事例が報告されていますが、これは明らかにスキンシップによってオキシトシンが分泌されたことによると解釈できるケースです。
 新型コロナウイルス感染症のパンデミック以来、スキンシップの機会が極端に少なくなってしまいました。治療薬として開発する可能性を秘めたオキシトシンは、腕を優しくさすることでも脳から自然に分泌されるのですから、高齢者と触れ合う時には、その効果を心に留めて、手を握って話したり、手や背中をさすってあげたりすることも忘れないようにしたいものです。