「きょうをささげる」とは

 「一日の始まりの時に、神とそして出会う人々に きょうのあなたをささげ」る習慣は、19世紀にフランスで始まりました。神はあらゆるものを価値あるものとして受け入れてくださり、私のすべては、とるに足らないつまらないものだと思う時、たとえば悲しみや痛み、失敗、挫折の時も、また、恵みをいただいた時、たとえば喜びや実りの時も、すべてを世界の人々の救いのために役立たせてくださいます。ですから、自分の仕事や奉仕、生活のすべてを、神にささげる生活が勧められているのです。この「ささげ」の毎日は「祈祷の使徒(Apostleship of Prayer)」の運動として、続けられてきました。

 この祈祷の使徒の運動は、2016年から教皇フランシスコが教皇庁のもとで推し進める運動として新たに位置づけられました。そして、全世界に普及したインターネットを介して、教皇ご自身が意向について毎月の第一金曜日にビデオレターで直接語りかけるプログラムも始まりました。現在、スペイン語で教皇が語りかける映像に、英語などの字幕が付けられて、世界中で視聴されています。日本語の訳文も見ることができます。それに伴って、祈祷の使徒の運動を「教皇による祈りの世界ネットワーク」と呼ぶようにもなりました。

 このように祈祷の使徒が推進している「きょうをささげる」祈りは、教皇と日本の教会に心を合わせて、日々をささげる祈りの運動なのです。


日本での歩み

 この祈りの運動は、「祈祷の使徒」という名前で1910年に初めてパリ外国宣教会の宣教師によって日本に紹介され、そして1924年に大阪教区と長崎教区にも広まりました。1935年にイエズス会のエイレンボシュ師が担当になり、英語と日本語でのリーフレットが毎月発行されるようになりました。1951年に、月刊誌『聖心の使徒』も発行されました。1954年から、イエズス会のチースリク師が責任者になり、1958年には、月刊誌『司牧』が主に各教区の担当司祭のために発行されました。

 その後、日本のカトリック信者の数に比べて信心会が多いという認識から、新しい信心会を設立するよりも、既存の使徒職運動を通して「祈祷の使徒」の精神を広める方針が打ち出されました。こうして日本では、すべてのカトリック信者に呼びかける祈りの運動の形をとることになりました。その結果として、「祈祷の使徒」は、カトリック信者だけでなく、すべてのキリスト信者や信者でない方にも開かれ、すでに多くの人々が、この祈りの運動に加わっています。大切なのは毎日の生活をささげ、使徒的な心をもって教皇が示された意向と日本の教会の意向のために祈ることです。
 
 「祈祷の使徒」は特別な運動ではありません。この運動を実践するための資格や条件も必要ありません。どなたでも参加でき、誰でも祈ることができる、分かりやすい霊的奉仕の一つの形です。


このサイトの使い方

 朝の目覚めとともに、心の中で、きょう一日を神の望みのうちに過ごすことができるように願いながら、「きょうをささげる祈り」を唱えます。そして次に、月ごとに示される二つの意向、つまり、教皇が示された「世界共通の意向」または「福音宣教の意向」、そして、「日本の教会の意向」を、その意味をかみしめながら読みます。
 意向の趣旨をさらに深めたい時には、下部に記された意向文を読み進めます。
 また、週ごとに、毎日をどのような気持ちで過ごしたらよいかのヒントが毎週金曜日に更新されます。このヒントを読んで、意向が示す方向を深めてください。

 朝の目覚めに「ささげ」た一日を、その日を閉じる前に、ていねいに振り返ることも、キリスト者としての生活を整える上で、とても役に立ちます。その日の出来事を、神に報告しながら、どのような気持ちだったかを、味わいなおします。そして、出会った人々、そして神に、「ありがとう」と感謝をささげ、「ごめんなさい」と至らなさや罪を詫びて、どうぞ明日も私とともに歩んでください、「よろしくおねがいします」と心の中で語りかけて、一日を閉じます。

 「自分をささげる祈り」と「アニマ・クリスティ」の二つの祈りは、聖イグナチオ・ロヨラの祈りです。「主の祈り」「アヴェ・マリアの祈り」などとともに、祈りの始めや終わりに唱えると、よい準備や結びになるでしょう。

 世界中のキリスト者と心を合わせて、日々を神にささげて過ごしてまいりましょう。