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3.わたしには居場所がない

クリスマスは、どこもかしこもにぎわっています。それは何もデパートやショッピングセンターに限ったことではありません。教会も大変なにぎわいです。けれども、聖書の描いているクリスマスの情景は、とても地味なものです。
「彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんでかいば桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」
せっかく救い主がお生まれになるというのに、ふさわしい場所がなかったのです。
場所がない。とっても寂しいことです。どこかで聞いたような言葉です。ぼくには場所がないんだ。わたしにはいる所がないのよ。わたしたちもたびたびいろんなときに、場所がないということに気がついて悲しんだり、膨れたり、怒ったりしています。けれども静かに考えてみましょう。
宿屋に場所がなくて、イエスは生まれるとすぐに、かいば桶の中におかれました。降誕祭に教会に作られる馬小屋はそのことを思い出させます。場所がなくて、仕方なくイエスがおかれたそのかいば桶を、今はみんなが飾って祝っています。不思議なことです。居場所がない人の一人としてイエスは生まれてきました。それはわたしたちも場所がないと感じるとき、人に受け入れられないときに、耐えて生きる勇気と力を与えてくださるためだったのではないでしょうか。


山本 襄治 著 「ちょっと聖書を」(女子パウロ会)より

(特集-クリスマス 3 2001/12/28)

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