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2. 殉教者

 キリスト教始まって以来、あらあらゆる国々で多くの殉教者が出ました。日本で公認されている殉教者に、「パウロ三木と同志殉教者」の26聖人、「トマス西と同志殉教者」の16人、日本205福者などがあります。今回列福される188人は、1630年代の厳しい迫害の時代に生きた日本全国、各地で殉教した日本人たちです。
 殉教とは、神への信仰・希望・愛に生き、迫害にもめげず無抵抗、非暴力のうちに命を捧げることで、教会によって公に認定される殉教者とは、迫害する側が、信仰を理由にして人の命を奪うこと、また迫害される側は、信仰の理由で暴力的な抵抗をせず、命を奪われる結果になった人のことです。
 しかし、命を与えたとしても「たとえ、山を動かすほどの信仰をもっていても、わが身を死に引き渡しても、愛がなければ無に等しい。」(一コリント13・1-4参照)のです。
 日本の殉教者たちは、自分を処刑する役人をねぎらい、恨むことなく、愛に生かされ、愛に生きました。
 殉教者の生き方と、イエスの生き方、死は重なり合います。殉教の原点は、イエスご自身であり、福音なのです。
 私たちは、命を奪われ、また失うまでのことは無いにしても、日常生活のなかで殉教者の生き方と重なり合う小さな殉教と言えることがあるのではないでしょうか。どんなことでしょう。小さな殉教を生きるために殉教者から何を学ぶこと、いただきたい恵みは何でしょうか。

(特集-日本の殉教者 2 2008/1/18)

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