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4. アヴェ・マリア

 キリスト教は聖母マリアにとりなしを願う古い伝統をもっています。天使祝詞とも言われるアヴェ・マリアは、その中でも最も代表的な祈りの一つです。
 アヴェ・マリアの祈りは、前半と後半に分けて考えることができるでしょう。前半の二つの文は、ルカ福音書からのものです。「恵みあふれる聖マリア、主はあなたとともにおられます」の部分は、大天使ガブリエルがマリアに挨拶する箇所からとられています(1・28)。「主はあなたを選び、祝福し、あなたの子イエスも祝福されました」の部分は、マリアを迎えるエリサベトの挨拶の一部です(1・42)。ここでの「イエス」の名は、もともと聖書には記されていませんでしたが、教皇ウルバノ4世(1261-1264)の時に加えられたと考えられています。
 このアヴェ・マリアの前半が典礼の祈りとして用いられるようになったのは、6世紀のシリア教会でした。ローマ教会の典礼においては、7世紀以降に「お告げの祭日」などで使うようになりました。そして13世紀からは、「主の祈り」、「使徒信条」とともにアヴェ・マリアは、三つの大切な祈りの一つであるという認識が広まったのです。14世紀になると、朝、昼、晩のお告げの祈り(Angelus)のときに、アヴェ・マリアが唱えられるようになりました。
 さて、後半部分の「神の母聖マリア、罪深いわたしたちのために、今も死を迎えるときも祈ってください」の部分は、15世紀の半ばになってようやく現れてきました。フランシスコ会の修道士ベルナルディヌスによって作られたとされているロザリオの信心とともに、アヴェ・マリアは、前半と後半が合わせられた形として普及し、次第に典礼文としても使われるようになったのです。
さて、ルネサンス期から近・現代に至るまで、多数の作曲家がアヴェ・マリアに曲をつけています。ルネサンス期のオケゲム、ジョスカン・デ・プレ、パレストリーナ、バードはもちろん、古典派からロマン派にいたるリスト、シューベルト、グノー、ブルックナー、サンサーンスなどが曲を作りました。その中でも、J.S. バッハの「平均律クラヴィーア曲集の第一プレリュード」を基にして作られたグノーの作品とW. スコットの『湖上の美人』のドイツ語訳の第3番をもとにして作曲されたシューベルトの作品は、人々に最も親しまれているものでしょう。『湖上の美人』では、乙女エレンが自分の父と恋人のために聖母マリアに祈る形を取っています。シューベルトの作品の元となったW. スコットの詩は、次のような内容です。

アヴェ・マリア、やさしき乙女 (Ave Maria! Maiden mild!)
聞きたまえ 乙女の祈りを (Oh listen to a maiden's prayer)。
荒れし野の果てより 聞きたまえ (For thou canst hear tho' from the wild)
絶望の淵より 救いたもう (And Thou canst save amid despair.)
ののしられ 逐われし身をも (Tho' banish'd outcast and reviled,)
護りたまえ 眠らせたまえ (Safe may we sleep beneath thy care)。
聖女よ、聞きたまえ、乙女の祈りを (Oh, Maiden hear a maidens prayer.)
御母よ、聞きたまえ、子の願い事を (Oh Mother, hear a suppliant child!)
アヴェ・マリア (Ave Maria!)

 シューベルトがこの詩に曲をつけたのは、亡くなる3年前、病気と貧困を極めていた時期でした。生涯にわたって苦しみの多かったシューベルトは、エレンの祈りを通して慰めと光を求めたに違いありません。「ののしられ 逐われし身をも、護りたまえ 眠らせたまえ……」。 この部分からは、苦しみの只中で神に向って祈るシューベルトの心が、美しく優しく響いてきます。

(特集-聖母の月 4 2007/5/18)

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