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5. 私ができたこと

  6月の初めに、岩手県釜石市にあるカリタスジャパンの釜石ベースキャンプで1週間のボランティア活動をしました。ベースキャンプは釜石教会に置かれ、クリスチャンもそうでない人も毎日20数名がここに寝泊りし寝食を共にしながら活動をしています。毎日朝晩にミーティングと祈りがあり、夜のミーティングでは一日の振り返りと分かち合いをした後、翌日の活動内容と場所が模造紙に表にして発表されます。分かち合いで聞いた他の人の活動の様子を参考にしながら自分が希望する翌日の活動内容に名前を記入するのですが、週末が近づいてくると集会所のご飯作りの活動を耳にするようになりました。そこは山の中の集会所で近隣の方が地震の時から地域の集会所に集まって生活し避難所となった所だそうで、毎日被災者自らが20数名の食事の支度をしているので、週末くらいは休みたいと要請が来ているそうです。そこにあるもので見繕って献立をたて調理をするというある意味技術を要する活動内容なので週末が近づいてくると今度は誰が行くかというのが話題になるのです。

 私は普段夫婦2人分の料理を作る位なので、20数名分など検討もつかず家族以外の人に食べてもらう料理をするなどよほど料理の得意な人が応じるのだろうと思って聞いていました。ところが土曜日の夜ミーティングの方から3人のうち2人は決まったのでと私に声がかかり、なんと私が行くことになりました。土曜日に行った人から被災者の方の希望で明日はそうめんと八宝菜でお肉代2000円を預かり既に買ってきてあると申し送られました。八宝菜と聞いても前回いつ食べたのか味の記憶も定かではありません。こんなので大丈夫かと思いながらも自ら応募した2人が料理に集中できるように私は鍋洗いに徹しようと思いその夜は休みました。

 当日現場に向かう車の中でも私は言葉数も少なく緊張していました。現場に着くと年配の女性が迎えてくださりこの方が毎日食事を作っているのなら土日くらい休みたいだろうと思い、いざ厨房に入ってみると八宝菜を作る中華鍋はなく中華の調味料もありません。物資置き場に行き八宝菜に使えそうな材料を探すと玉葱が1個しかありません。ないものばかりですが気を取り直してダンボールに入った物資の中身を見てまわり昼のおかずとしてさばの水煮缶と白菜を煮ることにしました。あとの2人はあせる様子もなく落ち着いてそうめんを茹でるお湯を沸かし始めました。さすがと思いつつお湯に蓋をしようとしたら鍋に合う蓋がありません。蓋のある鍋に急いでお湯を移しかえながら2人が平気な様子なのは、20人の食事を時間までに間に合わせることがどういうことかピンときていないからだとわかってきました。2人ともできたら食べる一人暮らしだというのです。それではここは私がやるしかないと腹をくくりました。炒め物は日頃から苦手なのですが中華鍋がないので小さなフライパンで八宝菜の材料を1種類ずつ炒めました。出来上がったものは八宝菜とはとてもいえるようなシロモノではなくあんかけの肉野菜いためです。他にほうれん草のごまあえ、大根と馬鈴薯の味噌汁、玉葱の味噌マヨネーズサラダを作りました。年配の方のお口に合ったのか今までのボランティアの中で一番おいしいと労ってくださいました。

 ベースキャンプに戻る帰りの車内では料理を褒められ3人は上機嫌でした。活動としては日頃食事づくりをされている方に休んでいただくという目的を達成できました。自分の力のなさを噛み締めながら懸命に取り組む中でイエスは私と共にいて用いてくださいました。被災地にボランティアに行って私ができたのはこのようなずっこけた活動でした。

千葉県在住 40代女性 

(特集-だれかのためにできること5 2011/7/30)

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