3月10日 四旬節第3水曜日

第一朗読  申命記 4:1、5-9
(モーセは民に言った。)イスラエルよ。今、わたしが教える掟と法を忠実に行いなさい。そうすればあなたたちは命を得、あなたたちの先祖の神、主が与えられる土地に入って、それを得ることができるであろう。
見よ、わたしがわたしの神、主から命じられたとおり、あなたたちに掟と法を教えたのは、あなたたちがこれから入って行って得る土地でそれを行うためである。あなたたちはそれを忠実に守りなさい。そうすれば、諸国の民にあなたたちの知恵と良識が示され、彼らがこれらすべての掟を聞くとき、「この大いなる国民は確かに知恵があり、賢明な民である」と言うであろう。いつ呼び求めても、近くにおられる我々の神、主のような神を持つ大いなる国民がどこにあるだろうか。またわたしが今日あなたたちに授けるこのすべての律法のように、正しい掟と法を持つ大いなる国民がどこにいるだろうか。
ただひたすら注意してあなた自身に十分気をつけ、目で見たことを忘れず、生涯心から離すことなく、子や孫たちにも語り伝えなさい。

福音朗読  マタイによる福音書 5:17-19
(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。だから、これらの最も小さな掟を一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。」

祈りのヒント
律法も、預言者の言葉にも、人の命を生かそうとする、神の深い愛の御心がその源にあるが、その愛につながる天の国では、掟を守る行為の根本にある、愛の心のあり方が問われる。
イエスは、誰よりも低く小さくなって、苦しむ人々に愛をもって関わり、その生き方を通して愛を実現していく、天の国の大いなる者だ。
愛の心に欠ける傲慢な心を持つわたしでさえ、(排除されず、裁かれず)一点一画をも大切にするイエスの愛のなかで、居場所を得ながら、感謝に生きる住人になっていく。律法の奥にある真の愛は、人の心に伝わっていく。
(毎日のみことば 2021-03-10 )

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