9月24日 年間第25木曜日

第一朗読  コヘレトの言葉 1:2-11
コヘレトは言う。なんという空しさなんという空しさ、すべては空しい。
太陽の下、人は労苦するがすべての労苦も何になろう。一代過ぎればまた一代が起こり永遠に耐えるのは大地。日は昇り、日は沈み あえぎ戻り、また昇る。風は南に向かい北へ巡り、めぐり巡って吹き風はただ巡りつつ、吹き続ける。川はみな海に注ぐが海は満ちることなくどの川も、繰り返しその道程を流れる。
何もかも、もの憂い。語り尽くすこともできず目は見飽きることなく耳は聞いても満たされない。かつてあったことは、これからもありかつて起こったことは、これからも起こる。太陽の下、新しいものは何ひとつない。見よ、これこそ新しい、と言ってみてもそれもまた、永遠の昔からありこの時代の前にもあった。昔のことに心を留めるものはない。これから先にあることもその後の世にはだれも心に留めはしまい。

福音朗読  ルカによる福音書 9:7-9
(そのとき、)領主ヘロデは、これらの出来事をすべて聞いて戸惑った。というのは、イエスについて、「ヨハネが死者の中から生き返ったのだ」と言う人もいれば、「エリヤが現れたのだ」と言う人もいて、更に、「だれか昔の預言者が生き返ったのだ」と言う人もいたからである。しかし、ヘロデは言った。「ヨハネなら、わたしが首をはねた。いったい、何者だろう。耳に入ってくるこんなうわさの主は。」そして、イエスに会ってみたいと思った。

祈りのヒント
会ってみたい人、それはその人に一目会っただけで心がホッとする人、その人の声を聴くだけで肩の荷がおりて心が安らぐ人ではないでしょうか。わたしたちは救いを求めています。自分の弱さを厚くて硬い殻の中に閉じ込めて、強さを誇っていませんか。自分の弱さを認められることこそ強さなのです。素のわたしになってイエスに会いに行きましょう。
(毎日のみことば 2020-09-24)

ページ上部へ戻る