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3. 受胎告知の絵
先週のこのコーナーでレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」について言及しましたが、「受胎告知」は、キリストの「生誕」、「洗礼」、「受難」と「復活」とともにキリスト教の美術や音楽に豊かな洞察を与えた素材の一つです。
美術だけに限ってみても、受胎告知の表現は、時代と地域を越えて多様性を示しています。処女マリアと大天使ガブリエルが会話している場面に、聖霊が鳩の形で加わったり、なかには神ご自身が現れたりする絵もあります。作品の状況設定は、およそ次の三つに整理できます。
(1) 井戸で水をくむマリア
井戸(泉)で水を汲むマリアに、大天使ガブリエルがお告げをもって現れる場面です。井戸は、旧約聖書のヤコブとリベカの出会いを連想させます。
(2) 糸紡ぎをしているマリア
室内で糸紡ぎをしているマリアに、大天使ガブリエルが現れる場面です。糸紡ぎは、楽園追放後のエバに課された仕事であり、この背景にはマリアを第二のエバと見なす神学があります。この描写は特に、東方のビザンティン芸術に現れていました。
(3) 読書をしているマリア
読書をしているマリアに大天使ガブリエルが現れる場面は、13-14世紀以降に西欧に登場した、最も代表的な構図です。マリアは聖書(雅歌・詩編・イザヤ書)を手にして瞑想していますが、そのポーズは、立つ、椅子に座る、そして跪くという3種類に分けられます。すべての視線と関心は、お告げを受けるマリアに集中されています。ルネサンス時代に入ると場面の設定はもっと多彩となり、宮殿風の建物や聖堂内部だけでなく、庭に面したポルティコ(柱廊)や庭でお告げを受ける場面もあります。初期の図像において大天使ガブリエルは、先端が花弁状の水晶や黄金の笏を持っていますが、中世盛期以降それは、白い百合の花(マリアの純潔)に変ります。15世紀のフランドル絵画に現れるバラ(慈愛の象徴)、スミレ(謙遜)、オダマキ(悲しみ)なども、マリアの性質を表すものです。
時代と場所を越えて描かれてきた「受胎告知」の絵は、鑑賞者のさまざまな想像力をかき立てます。大天使ガブリエルとマリアは本当に声を出して会話を交わしたのでしょうか、それとも沈黙のうちに以心伝心で行ったのでしょうか。ガブリエルは絵に描かれているように二つの翼をもっていたのでしょうか。もしマリアが聖書を読んでいたならば、どの箇所を読んでいたのでしょうか。このように、さまざまな思いが、心の中を駆けめぐります。
そしてさらに、絵画を鑑賞する者に、実存的な問い掛けをもたらします。――「2000年前に起こった出来事は、今のわたしにも起こり得るのではないだろうか」と。
一日の中のある時間、沈黙の内に大天使を待ちながら過ごしてみてはいかがでしょうか。マリアが聞いたようなメッセージが、ふっと聞こえてくるかもしれません。「見捨てられた人を高められ、飢えに苦しむ人をよいもので満たされる神」(ルカ1・46-55)のメッセージに出会うかもしれません。それは、神がマリアのような「卑しいはしためを顧みられる」方であることを信じて、自分の弱さと乏しさの中に神のいのちが受胎する瞬間となるでしょう。
(特集-聖母の月 3 2007/5/11)