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25. 殉教者から受けた遺産

―福者ペテロ・カスイ岐部と187人―

 長い準備期間を経て11月24日、長崎で盛大な列福式が行われました。殉教者たちは、4世紀あまり経た今日、生きる本質、原点を示し当時の社会に多大な影響を与えた証人として、私たちに生き生きと語りかける身近な親しい存在として蘇ってきました。
 今、私たち日本の教会は、新たな出発点に立っています。

殉教者たちは普通の人たち、しかし偉大な信仰を持つ人でした。
・家庭の人、父と母、その中で育まれた子ども、
・障害を持ち、社会から阻害されていた人、
・司祭不在の中で共同体を築き生きた信徒、
・人生に失敗し、罪を犯しどん底の中でも希望を失わず、敗者復活の福音を生きた人、
・秘蹟の重大さを悟り、司祭職を通して信徒共同体に奉仕する使命に燃え、叙階を受けるためにあらゆる試練を乗り越えた青年。

 私たち一人一人も、彼らのように、“常に自らの死を見据えて生き” 日常生活のなかで、イエスの生き方にあやかるよう招かれています。
 主は、福者たちを通して私たちに何を呼びかけ、どんな希望へと招いておられるのでしょうか。
 私たちも、現代社会の中で、どのように“神に対する確固とした信仰、どんな境遇においても神に希望をおくこと、愛をもって愛を貫き”いのちをもたらす者になれるのかを彼らに問い続けましょう。真剣に問うなら、彼らは答えてくれるに違いありません。


何もかもなげうって
死さえもいとわないほど価値のある宝が見つかったときにこそ
人は本当の意味で生きる。
――アントニー・デ・メロ S.J

一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、
それは一つのままです。
しかし、死ねば、豊かな実を結びます。
――ヨハネ福音書12章24節

(特集-日本の殉教者 25 2008/12/19)

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