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4. 聖イグナチオによるイエズス会会憲に見られる信仰

ロヨラの聖イグナチオはイエズス会を創立し、イエズス会士たちが今に至るまで会の精神を保って生き続けるように、会の「フォルムラ」(1540年)と「会憲」(1542年)を与えた。第34回総会(1995年)で、「補則規定」が加えられた。「信仰」のテーマが、このような文書でどのように扱われているのかを見たいと思う。

 

イエズス会の「フォルムラ」では、第一条に、「十字架の旗のもとで神に服する兵役につき、また、地上におけるキリストの代理であるローマ教皇のもとで、主のみとその花嫁である教会に仕えようと望むいかなる者も、信仰の擁護と宣布、またキリスト教的な生活と教義において霊魂が進歩することを心がけるためである。」今は、それに「正義のための奉仕」が加えられる。

 

その後、すでに会憲の中に、イエズス会に入会志願者に対する試問項の中で、「第一に尋ねるのは、本人が信仰に反する誤謬に陥り、その教えが異端説と判決されたことがないか」(22)を調べられなければならない。そして付加されている「カトリック信仰に関することがらにおいて、誤謬の疑いがある者は、疑いが残る限り、入会を許されるべきではない。」(24)カトリックの信仰が欠けることは、イエズス会員として入会することへの「障害」である(165)。更に、次のような言葉で、信仰を深めるように修練者たちに「毎週何日に、キリスト教教理を教えなければならない」(277)。後に、誓願の後イエズス会の修学修士は「勉学への熱意によって真の善徳と修道生活への愛がおろそかにならないように注意しなければならない。勉学期間中、神に奉仕するという純粋な意向をもって勉学に従事する(340)。「謙遜で、堅固な信仰を示す」(368)ことが求められる。そして、すでに養成され、司祭に叙階されたイエズス会士は「第三修練」と呼ばれている段階へと向かう。また、「心の学び舎において、わが主なる神に対するより深い知識と愛をもたらすことができる霊的、身体的なことがらについて実習することは、助けとなる」(516)。心の学び舎の頂点は30日の「霊操」の祈りである。その時、イエス・キリストへの、イエス・キリストとともにある愛を求めて、それは「愛によって貫かれている生きた信仰」と同じものである。このようにして、イエズス会士は、そのミッションと教皇への従順という「第四誓願」を果たすように、「世界を巡り、キリスト者の中で働くべきか、異教徒の中で働くべきかを、教皇聖下が自分たちを配置する」(605)。キリストとその教会への信仰を人びとにもたらすために遣わされていく。総長に選ばれるイエズス会士は何よりも「第一に、祈りとすべての活動においてわが主なる神と密接に一致する」(723)ことが求められて、それは強い信仰の人であることと同じである。「会憲」の最後の部分、10章に、後書のように、「本会目的は、すなわち霊魂が超自然的な究極目的に到達することを助けるために、道具である人間を神と結び合わせる、み手によって正しく導かれるように人を整える手段は、人間との交わりを助ける手段よりも効力がある。その手段としては、善良さと善徳、特に愛と神への奉仕を純粋に志すこと、信心の霊的な務めにおいてわが主なる神と親しく交わること、他のあらゆる利益を求めず、霊魂を創造しあがなわれた主の栄光のみを目指して、偽りなく熱心に霊魂を救うことが挙げられる」(813)。

 

まとめとして、このような堅固な徳の中でも、聖イグナチオが、イエズス会士たちに特に望んだものは、愛に結ばれた非常に堅い信仰である。「フォルムラと会憲」の中では、イエズス会士に宛てられているけれど、ここに挙げたテキストによって、私は信徒の方々も、キリストへの信仰を深めるための働き手となると信じる。

 

(イエズス会司祭)

 

(特集-信仰年4 2013/3/4)

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