こころの散歩

お寺の鐘

お寺の鐘

 そのお寺は、海岸から2マイルほど沖にある島に建っていました。そこには千個の鐘がありました。大きな鐘、小さな鐘、世界で最も巧みな職人によって造られた鐘。風が吹いたり、あらしが荒れ狂ったとき、お寺中の鐘がいっせいに鳴り響き、シンフォニーを奏でては、聞く人々の心をうっとりさせるのでした。

 ところが、何百年もたった後、島は海のなかに沈みました。そして、島といっしょにお寺と鐘も沈みました。古い伝説は伝えました。鐘は絶え間なく鳴りつづけている、そして注意深く耳を傾ける人はだれでも、それを聞くことができる、と。この伝説に感動したひとりの若者が、何千マイルも旅をしました。‥‥若者はかつてお寺が建っていた場所の対岸に何日も座りました。‥‥しかし彼が聞くことができたものは、岸辺に砕ける波の音だけでした。若者は鐘の音が聞こえるように、波の音を追い払おうとあらゆる努力をしました。でも全く役に立ちませんでした。‥‥

 とうとう若者は、この試みを放棄することに決めました。おそらく彼は、鐘が聞こえる幸運な人々のなかに入っていなかったのかもしれません。おそらく伝説はうそだったのかもしれません。彼は失敗を認め、家に帰ることにしました。最後の日のことでした。海と空と風とココナツの木にさよならを言うため、お気に入りの岸辺に行きました。砂に横たわり、空を見つめ、海の響きに耳を傾けていました。その日、若者は音に逆らいませんでした。その代わりに、音に聞きほれました。波のどよめきを、楽しい、和やかな音だと感じました。間もなく若者は、ほとんど自分を意識しなくなるほど音に心を奪われました。沈黙が深まり、音は彼の心の中で鳴りました。

 沈黙の深さのなかで、彼はそれを聞いたのです! 小さな鐘のちりんちりんという音を、それにもうひとつの鐘が続き、さらにもうひとつ、そしてまたもうひとつが‥‥そして間もなく、お寺の何千という鐘が、いっせいに、ごうぜんと響きだしたのです。若者の心は、驚きと喜びで陶然となりました。

‥‥‥
 もしあなたが〈神〉を見たいと思うなら、宇宙万物を注意深く見つめなさい。それを押しのけてはいけません。それについて考えてもいけません。ただ”見る”だけでいいのです。

アントニー・デ・メロ 著 / 谷口 正子 訳 「小鳥の歌」(女子パウロ会)より
画: 伊藤 寿美
  

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