こころの散歩
けんか
けんか
ふたりの老師が幾年も共に暮らしていたけれど、けんかひとつしたことがなかった。そこでひとりがこう言った、「他の人達がよくやっているけんかとやらを、一度くらいはやってみないか」。もうひとりが答えて言った、「けんかねえ。どう始めればいいんだい」。そこではじめの老師が言った、「ご覧、煉瓦(れんが)を一つふたりの間にこう置いて、まず僕が『これはおれのものだ』と言うから、そしたら君が『いや、おれのもの』と言えばいい。そうするうちにけんかになる、という手はずのものだ」。そこでふたりは煉瓦を置いて、ひとりが「おれのものだ」と言うと、すかさずもうひとりが「いや、これはおれのものだ」と言い張った。するとはじめの老師が言った、「だったらいいよ。君のもの。遠慮なく持っていくがいい」。こうしてふたりはけんかもできず、元の暮らしへもどっていった。
画: 野村 祐之