こころの散歩

ここはちょっと譲って

ここはちょっと譲って

 6月のことでした。木の葉は繁り、濃い緑に色づいて、そよ風に揺れていました。
 ある朝小鳥たちの賑やかなさえずりが終わると、木の葉は幹の上に寄りかかっていました。見ると青虫が落っこちそうにつかまりながら、思わず息を止めて「おはよう。」と挨拶をしてくれたのでした。
 しばらくお天気の話などをしてから、木の葉は尋ねました。「何か用事があってここにきたの?」
 青虫はどぎまぎして、つっかえながら言いました。「実は、考えていたんだけど・・・。お願いしたいことがあるんだけど・・・。毎朝君は木から食べ物をもらっているから、食べ物を探しに出かけていかなくていいよね。だけど僕はいつも食べる物が簡単に見つかるというわけじゃないんだ。つまり・・・それで、ここにいるという訳なんだけど。」
 木の葉は気の毒そうに言いました。「なるほど、なんとか君を助けられるといいんだけど・・・。けれど、僕は木にしっかりくっついてしまっているから、君と一緒に出かけて行って何か食べ物を探すのを手伝うという訳にもいかないし・・・。」
 すると青虫は意を決したかのように言いました。「君はこんなにきれいな緑のドレスを持っているし・・・・。」
 木の葉は誉められてすっかり嬉しくなって、ひらりと翻って見せました。すると、青虫の遠慮がちな申し出を聞くことになりました。「君のドレスをほんのちょっとだけでももらえるとありがたいんだけど・・・・。」
 最初木の葉は何かの聞き間違いかと思いました。けれども青虫の目を覗き込むと、聞き間違いではなかったことが分かりました。木の葉はできるだけゆっくりと深呼吸をしてみました。ここは落ちついて、自分の考えをまとめようとしたのでした。“青虫はお腹が空いている上に疲れている。けれども僕は一つしかないドレスの一部をあげなければならないのだろうか?”
 それはなかなか決められない問題でした。木の葉はもっとじっくりと考えて見ました。“もし僕が断ったら・・・、青虫はお腹が空いているんだから多分結局は僕のドレスのどっかを食べてしまうに違いない。けれど、もし僕が『OK』と言ったら・・・、青虫を助けることになるし、青虫のありがとうという気持ちが分かって僕も嬉しいだろうし、満たされた気持ちにもなるだろう。いずれにせよ、例えドレスに多少の穴が開いていても僕は生きていくことはできるよね。”
 それで、木の葉はドレスの一部を青虫に食べさせたのでした。実際には青虫はほんの少しだけかじって、後は木の葉にありがとうと言いながら少しおしゃべりをする間そこにいただけでした。
 秋になって、穴の開いた木の葉は今までを振り返って意味のある幸せな一生だったと思うのでした。
 やがて時が来て木の葉は美しく紅葉して、踊るように舞いながら地面に落ちて行きました。

“Willi Hoffsuemmer”より
  

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