こころの散歩
さいごの旅の道のり
さいごの旅の道のり
生が自然のものなら死もまた自然のものである。死をいたずらに恐れるよりも現在の一日一日を大切に生きて行こう。現在なお人生の美しいものにふれうることをよろこび、孤独の深まりゆくなかで、静かに人生の味をかみしめつつ、さいごの旅の道のりを歩んで行こう。その旅の行きつく先は宇宙を支配する法そのものとの合体にほかならない。その合体の中にこそもっとも大きな安らぎのあることを、少なくとも高齢の人は直観しているようにみえることが多い。
知能だけが人の存在意義を決めるものではない。知能や学歴如何にかかわらず、安らかな老いに到達した人の姿は、あとから来る世代を励ます力を持っている。彼らはおだやかなほほえみを浮かべ、ぐちも言わず、錯乱もしていない。有用性よりも「存在のしかた」そのものによってまわりの人びとをよろこばすところが幼児と共通している。こうしたありかたを妨げるものはもちろん数かぎりなくあるから、こういう老人に接するとき、やはり人間の可能性について心打たれるのである。
神谷 美恵子 著 「こころの旅」(みすず書房)より
写真: 馬 裕国