こころの散歩

しつこい祈り

しつこい祈り

 息子は不熱心だったが、老母は熱心な信者であった。
 ただ学校に行かなかったので、文字が読めず、祈りの本でお祈りすることが出来なかった。
 「ちっとも構いませんよ。おばあちゃん。イエス様、マリア様、ヨゼフ様と言うだけでも結構ですよ」
 と神父さんが言ってくれたので、それを守って、
 「イエス、マリア、ヨゼフ」
 と繰り返していた。
 大きな祭日の前日や願掛けをする時には、一晩中、お題目のように名前を繰り返していた。
 息子はうるさがったが、老母は無信心者の息子を相手にしなかった。
 そこで息子は用事があるような振りをして、「お母さん、お母さん」としつこく呼んだ。
 母親は、始めは返事もしなかったが、あまりうるさいので、とうとう堪忍袋の緒を切らした。
 「お黙り!今お祈りしているところじゃないか。いったいなんだってしつこく私を呼ぶんだね。」
 息子はここぞとばかり力を入れて言った。
 「ぼくが2、3回呼んだだけで、うるさがったじゃないか。神様だってあんまりしつこく呼ばれたら、きっとうるさがるよ。いい加減にしなきゃ。」
 老母も負けてはいなかった。
 「そうだろうね。でも、私だってお前がしつこいから祈りをやめて、お前の話を聞いたよ。」

「教会のこぼれ話」より
人形作家 高橋まゆみ「祈り」
  

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