こころの散歩

たった一言

たった一言

 「夏にみんなでハワイに行こう」
 「ワァーすごい、飛行機に乗れるんでしょ。かっこいい」
 小学生になったばかりの、娘をかしらに、三人の子どもを連れての珍道中。
 子どもたちにとってはワクワクウキウキの楽しいばかりの旅行ですが、私たち夫婦は大きな決断を胸に秘めていました。
 「これが最後の旅行になるかもしれない」
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は病気の進行の速さに個人差があります。発病して半年もたたないうちに全身マヒになる人もいれば、何十年も進行しない人もいます。
 「とりあえず、この一年を精一杯、悔いのないように生きよう」
 夫婦の間でそんな話をしていました。

 サムさんの家は小高い丘にあって、きれいな海を一望できる静かな街にありました。
 夕方、十人ほどの人が集まりテーブルを囲みました。アメリカでは日常的にあるホームパーティーで、滞在中、何回か招かれました。
 すっかりうち解けたころ、話題は私たち家族に移りました。もう、何回となく話し慣れた病気のこと、将来、家族。
 明るい雰囲気は一変して、真剣でかつ深い同情の会話があふれました。
 それまでほとんど口を開かなかったサムさんがポツリ、ひとりごとのように
 「安心なさい、子どもたちはあなたがいなくなっても、しっかり生きていくよ。大丈夫、安心なさい」
 そのことばに触れたとき、
 「あっ」と小さく叫びました。
 そして次の瞬間、涙があふれて止まりませんでした。
 でも今まで流した涙とはまったく違うものです。それまで流した涙は、くやしさ、怒り、無念でした。冷たい涙は、こころもたましいも凍らせます。
 今回の涙は、重荷、緊張から解放された、喜びの熱いものでした。

 サムさんと私との接点はこの時かぎり。彼はきっと私のことは覚えていないでしょう。
 まったく関係のない彼の「安心なさい」ということばは、心の中で根を生やしグングン成長し続けていて、今も私を支えてくれます。
 平凡でどこにでもある小さなことば、いえ、ことばとは限りません。仕草や行為かもしれません、が何でこんなに輝くのでしょうか。
 たましいに届いたことば。
 私は、このたった一言に出会うために、ハワイに行ったような気がします。

西村 隆 著 「神様がくれた弱さとほほえみ」(いのちのことば社 フォレストブックス)より
  

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