こころの散歩
だいじょうぶだよ
だいじょうぶだよ
ポーランドのピアニスト、イグナツィ・パデレフスキに次のようなエピソードが伝えられています。
ある母親が幼い息子のピアノの励みになるとパデレフスキの演奏会の切符を買いました。当日座席はホールの最前列近くに位置に確保して、座席に着くと母親は近くに友人を見つけて話し込んでしまいました。その間に息子が席から消えてしまったことに気づきませんでした。開演の時間になり、舞台にスポットライトがつくと、ピアノの前にはその息子がちょこんと座っていたのでした。少年は無邪気にピアノに向かい「きらきら星」を弾き始めたので、母親はびっくりしてしまいました。
そこへ演奏者のパデレフスキが舞台に現れました。彼はそっとピアノの鍵盤に近寄って、「だいじょうぶだよ。弾き続けて」と少年にささやきました。そして少年の後ろから左手を回して、低音部を弾き始めたのです。それから、少年を抱きかかえるように右手を反対側へ伸ばして、オブリガードを弾きました。高齢の大演奏家と幼い見習い演奏家は聴衆の満場の喝采を浴びることとなったのでした。
私たちの日常の生活の中でも、私たちの腕前がまだ十分に磨き上げられていなくても、私たちに寄り添って、「だいじょうぶだよ。そのまま続けて」と人生の大演奏家が耳元でささやいてくれています。言われたとおりにして見ると、彼はそれが驚くほど美しいものに仕上がるまで、私たちを補い、そして育ててくれているのです。
“Darrel L. Anderson”より
訳者注:イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(Ignacy Jan Paderewski)1860〜1941はポーランドのピアニスト・作曲家・政治家・外交官。第1次世界大戦後に発足した第2次ポーランド共和国の第3代首相。