こころの散歩

もどってきたよ

もどってきたよ

 「父、危篤」の報を受けて、兵士が前線から息せききってやってきた。父一人、子一人の家族ということで、特例が認められたのだった。

 集中治療室に足を踏み入れるや、彼は数本のチューブをつけられたこのうつらうつらしている老人が父親ではないと分かった。
 何かの手違いで、こういうことになったのだった。

 「あと、どのくらいもちますか」と彼はドクターにたずねた。
 「ほんの数時間ですね、ぎりぎりで間に合いましたね。」

 数千マイル離れた戦場で、老人の息子は銃を取っているのだと思った。息をひきとる最後のときに息子が共にいてくれることを希望して、この老人はいのちをもちこたえているのだと兵士は気づいた。
 彼は意を決すると身をのり出して老人の手を握った。そして優しく言った。
 「父さん、ここにいるよ、もどってきたよ。」

 老人は兵士の手をしっかり握った。すでに見えない目をみひらいて周囲にいる人を見つめた。老人の顔には満足げな笑みが広がり、一時間後、息をひきとるまでその笑みは消えなかった。

アントニー・デ・メロ 著 / 裏辻 洋二 訳 「蛙の祈り」(女子パウロ会)より
画: 半崎 梨花
  

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