こころの散歩
バイオリン弾き
バイオリン弾き
パリのとある街角でのこと、見るからに貧しくうす汚れた身なりでバイオリンを弾く、一人の物乞いの男がいました。彼の前には通行人が彼に憐れみをかけ、施しのお金を入れるためのベレー帽が置いてありました。その男はバイオリンを弾くのですが、練習不足の上、音の合っていない楽器での演奏は聴く人が耳をふさぎたくなるようなものでした。
ちょうどその時、有名なバイオリニストとその夫人が通りかかりました。その不快で聴くに堪えない演奏を聞いて、夫人が「何か弾いてあげたらどうかしら」と提案しました。このバイオリニストはベレー帽の中にコインがほとんど集まっていないのを見て、ひとつ手伝ってあげようと考えました。
演奏家がバイオリンを貸してくれないかと頼むと、その男はいやいやバイオリンを渡しました。初めにこの演奏家は音合わせをしてから、この同じ楽器で素晴らしい演奏を披露しました。周りに集まっていた人々は絶賛し、たちまちこの街角は音楽を聴きに来る人でいっぱいになりました。このバイオリニストが夢中になって演奏している間に、ベレー帽はコインやお札であふれんばかりになりました。
物乞いの男はこの様子を見て、飛び上がって喜びました。そして「これは僕のバイオリンだ!僕のものなんだ!」と繰り返し叫ぶのでした。確かに彼のバイオリンであることには間違いないのですが‥‥。
私たちの人生は、神様から人生のバイオリンを与えられていて、このバイオリンを自由に好きなように弾いていいと言われているようなものかもしれません。人生のバイオリンの音合わせもせず、人が自分の奏でる音楽を喜んでくれないとこぼす人は不幸です。しかし、人生の目的を定め、自分の人生というバイオリンで精一杯美しい調べを奏でようと努める人は幸いです。
(作者不詳)
画: 泉 類治