こころの散歩
三せきの救命ボート
三せきの救命ボート
司祭が窓際の机に向かって、説教の構想を練っていた。テーマは「神の摂理」であった。彼は何やら弾ける音を聞いたように思った。ほどなくして人々があわてふためいて、右往左往し始めた。ダムが決壊し、河川が氾濫した。避難命令が発令された。
司祭が外をのぞくと、通りに水かさが増している。どうしようか、どうなるんだろうかと騒ぎたつ心を抑えて、彼は自分に言い聞かせた。
「私は今神の摂理について、説教を準備している。説教で述べるまえに、それをこの身で実践する機会を与えられているのだ。逃げだすことはすまい。ここにとどまろう。私を救ってくださる神の摂理にゆだねよう。」
やがて水は窓の高さに迫った。避難する人で鈴なりになったボートが通り過ぎていく。
「神父さん、飛び下りてください。」彼らは叫んだ。
「いやいや、私を救ってくださる神の摂理にゆだねますよ。」神父は毅然として言った。
神父は屋根に逃れた。水かさはいっそう増した。もう一せきボートがやってきた。乗るようにしきりに勧めたが、神父は断った。
ついで彼は鐘楼のてっぺんによじ登った。水は彼のひざにまで達した。救助隊員がモーターボートで救助にやってきた。神父は静かにほほえんで言った。
「ありがとう。でも私は神の摂理のみ手にこの身をゆだねます。神は失望をお与えになりません。」
ついに彼は、溺死した。天国に昇った彼は開口一番、神に苦情を言った。
「あなたにゆだねていたのですよ。どうして救ってくださらなかったのですか。」
「そう言うけどねえ。三せきのボートを送ってあげたんだよ。」
アントニー・デ・メロ 著 / 裏辻 洋二 訳 「蛙の祈り」(女子パウロ会)より
画: J.グリューゲル