こころの散歩
出発する船と帰ってきた船
出発する船と帰ってきた船
港のなかを二隻の船が進んでいた。一方はこれから航海に出発する船、もう一方は航海を終えて帰ってきた船だった。人びとは港を出ていく船に歓声を上げ、さかんに喝采(かっさい)を送ったが、入ってきた船にはほとんど注意を払わなかった。それを見て賢者が言った。
「これから荒海へ乗り出そうという船に喜びの声を上げるのはふさわしくない。どんな危険が待ちうけているかわからないのだから。港へ帰りついた船のほうこそ拍手喝采して迎えるべきだ。乗客を無事に故郷まで送りとどけたのだから。」
人の世もこれと同じである。赤ん坊が生まれれば誰もがめでたいと言い、人が死ねば誰もが泣く。しかし人生が終わるときも、はじまるとき以上にとは言わずとも、同じように喜んでしかるべきだ。赤ん坊にはこの先どんな人生が待ちうけているか誰にもわからないが、死んだ人間は無事に生涯の旅を終えたのだから。
アレン・クライン 著 / 片山 陽子 訳 「笑いの治癒力」(創元社)より
画: 松村 美智子