こころの散歩
別れの言葉
別れの言葉
空港の待合室で、ある父娘が最後の別れを惜しみながら話していた。ついに飛行機の案内アナウンスが聞こえ、二人は語り合いながら搭乗口に向かった。
「じゃあ、元気で。」
「パパ、一緒に過ごした日々は、一番満たされていたわ。パパも愛に満たされていますように。」
「わたしもおまえといられて幸せだった。愛情は必要なもののすべてだよ。これからずっと、愛に満たされているように。」
父娘は別れのキスをして、立ち去りがたい様子でそれぞれ出発した。
父親は座席に着いて、隣の乗客と話し始めた。
「これが最後と思いながら、わたしは娘に別れの言葉を言ったのでしょうかね?」
「どうしてこれが最後の別れなのですか?」
「わたしは年をとっていて、娘はとても遠い所に住んでいますから、次のチャンスは、私の葬式でしょう‥‥。さよならを言ったとき、娘はわたしに“愛に満たされているように”と言ったのです。」
「どういう意味ですか?」
「これは、我が家に代々伝わる習慣で、だれかに『あなたが満たされているように』と言うとき、十分なよいもので満たされた人生であるように、心から望んで言うのです。わたしの両親は、だれに対してもこう言っていました――。
『あなたの生活が輝いているように、十分な太陽を望みます。
太陽を認めることができるように、十分な雨を望みます。
あなたの魂が生き生きするように、十分な祝福を望みます。
小さな喜びが大きくなるように、十分な痛みを望みます。
あなたの望みを実現させるために、十分な収入を望みます。
持っているものが価値あるものとなるために、十分な損失を望みます。
最後のさようならを通して、十分なこんにちはが、あなたにもたらされることを望みます。』」
話しているうちに父親の目から涙がとめどなくあふれ、二人は沈黙の中で、別れの言葉を味わっていた。
(作者不詳 / 西川 久美 訳)
画: 泉 類治