こころの散歩

坊やと強盗

坊やと強盗

 さる三月初め、尼崎の山名さんというひとの家に強盗が入りました。
 主人は入院中で、風邪気味の坊やに母親マスエさんがそい寝をしていました。
 強盗は坊やに刃物を突きつけ、「金を出さぬと、この子を殺すぞ」と脅迫。
 マスエさんは鷲いて、自分が働いてもらって来たばかりの月給二万円を「無茶をしないで下さい」と言いながらさしだした。
 その時、すやすや眠っていた坊やは目を覚まし、父親が帰って来たと思ったのか、突きつけられた刃物をオモチャとでも見たのか、自分をあやしてくれるとでも思ったのか、いかにもうれしそうにキャッキャッと笑ったのです。
 強盗はびっくりして、もじもじと刃物をふところにしまい、出された二万円の中から二千円を返して、「坊やにミルクでも買ってやれ」と言い残し、春の夜のヤミにきえてゆきました。

奥村 一郎 著 「祈りの心」(海竜社)より
画: 塩谷 真実
  

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