こころの散歩
大悲の涙
大悲の涙
良寛さんには馬之助という甥がいました。良寛さんの生家に住んでいましたが、放蕩に身をもちくずして、誰がどう意見してもおさまりません。周囲の人は「良寛さんなら、何とか諭してくれるだろう」と、国上山の五合庵まで頼みに行きました。
良寛さんはずいぶん年をとっていましたが、久しぶりに実家に帰り、三日間泊まりました。しかし、その三日の間、意見らしいことは少しも言わずに日を過ごしたのです。そうして三日が過ぎて、さて五合庵に帰りましょうというので、わらじを履こうとしました。ところが、ひもがうまく結べません。良寛さんはそばにいた馬之助に、「おまえ結んでくれないか」と頼みました。
馬之助は「やれやれ、何も言われずにすんだ」と、ほっとして良寛さんのわらじのひもを結ぼうとすると、その手の甲にポタリと一滴の涙が落ちてきました。馬之助が驚いて見上げると、良寛さんの目に涙がいっぱいたまって、それがあふれ、ほおを伝わり落ちてきたのです。
その日から、馬之助はぷっつりと放蕩をやめたということです。
庭野 日敬 著 『見えないまつげ』(佼成出版社)より
写真: 片柳 弘史