こころの散歩
子犬と1000個の鏡
子犬と1000個の鏡
昔々、ある小さな人里はなれた村に一軒の廃屋がありました。
ある日、一匹の子犬が日陰を探しているとその家の正面に穴のあいたドアを見つけ、そこから中に入ることができました。
子犬は古い木の階段をゆっくり上って行きました。階段をのぼった所の部屋は、ドアが少しあいていましたから、そこから静かに中に入って行きました。入ってみるとびっくりしてしまいました。その部屋の中にはおよそ1000匹の子犬たちがいます。子犬がかれらをじっと見つめていると、かれらもまた子犬を見つめます。子犬が尻尾を動かし、少しづつ耳をあげていくと、1000匹の子犬も皆同じようにまねをします。
その後、嬉しさのあまり子犬たちに微笑み、吠えると、何と1000匹の子犬たちも共に喜びながら吠えました。
子犬はその部屋を出てから自分自身に言いました。「何と心地よい所だろう。またいつか来よう。」
それから数日が過ぎ、一匹の野良犬が同じ家の中に入って、同じ部屋に行きました。けれども前の子犬と違って、1000匹の犬を見たとき野良犬は恐怖を感じました。何故なら1000匹の犬たちは自分にいどみかかるような目つきで見すえていたからです。
ついに野良犬はうなり声をあげました。すると、1000匹の犬たちも同じようにうなり始めました。野良犬が激しく吠えると1000匹の犬たちも同じように吠えました。
野良犬はその部屋を出てから自分にこう言いました。「何と恐ろしい場所だろう。二度とここに来るのはやめよう。」
その家の正面に古い看板があり、それには「1000個の鏡の家」と書いてありました。
それらの鏡は、一人一人の心の中をそのまま映し出していたのです。
画: 和田 耕一