こころの散歩

寛大な木

寛大な木

 葉も濃くおい茂った木がありました。雨にも風にも揺るがない強い木でした。しかし、そんな木にも泣き所がありました。自分自身よりも、ずっと愛しく思っている、小さな男の子のことです。母親が腕にその子を抱き、毎日のようにやって来て、節くれだった幹に寄りかかったり、たくましく張り出した根に座ったりして、子守歌を歌い寝かしつけた時分から、愛し続けてきたのでした。

 ある日、母親が死にました。坊やはまだ四歳でした。それ以来、木は心の奥底に、坊やの亡くなった母の親心が芽生え育っていくのを感じました。その子をかわいがり、そばに来るのを見ると、呼びかけました。

 「やあ、よくきたね。遊びに来たのかい。私の花と葉を摘んで、冠をおつくり。ほら、かぶってごらん。坊やは森の王様だ。」

 子供は大きくなりました。別の願い事が心を占めるようになりました。いろんな物が欲しくなりました。でも、何も持っていません。彼の顔は悲しそうに曇り始めました。
 木は少年に言いました。

 「おいで。私の腕に登ってごらん。実がたくさんなっているから、欲しいだけ取って市場に持っていき、売ればいい。そしたら、お金が手に入るよ。」

 木にとって、寂しい日々が過ぎていきました。しかし、ある朝、もう今は青年になった坊やが、深刻な顔で、木のもとに戻ってきました。

 「どうしたんだい。ずいぶん元気がないね。」

 木は心を痛めてたずねました。

 「自分の家が欲しいのに、材木がないんだ。」

 「心配はいらないよ。斧を取って、私の太い枝をお切り。それで家を建て、幸せにおなり。」

 しかし、男の心はまだ満たされませんでした。森のそばの、しゃれた木の家に住むのにも飽き、森の茂みにまた分け入って来ました。木は彼の姿を遠くに見るや、嬉しさに体を震わせ、たずねました。

 「また元気がないようだね。どうしたんだい。材木が足りないのかね。」

 「材木は十分あったよ。でも、僕は毎日同じ景色を見て暮らすのは、もう沢山だ。遠くの国々には、美しい海や夢のような景色があって、変わった人々がいるってことだよ。ああ、行ってみたいなあ。でも、舟もないのさ。」

 「心配しないで、もう一度斧を取って、私の幹を根本からお切り。それで舟を作るといい。残りの枝で、オールができる。」

 年月が過ぎ、寛大な木は年老いました。小さな新芽がいくつか伸びたので、かろうじて生きています。そんなある日、ついに古い友達がやって来るのが目に入りました。初めは、誰だかわかりませんでした。なにしろ、足取りのおぼつかない老人でしたから。

 「久しぶりだね。今度は何が必要なのかね。」

木は老人にそう声をかけました。

 「何も。何もいらない。旅に、すっかり疲れてしまった。いま欲しいのは、腰を下ろして休むところだけさ。」
老いた木は言いました。

 「まあ、ここに来て、切り株にお座り。他には何もできないけど。ゆっくりお休み。」

そうして、今は老人になったあの日の子供は、木のところに来て、腰をおろし、ほっと息をつきました。
 最後の贈り物をすませた木は、満足して死を迎えたのでした。

  
画: ホアン・カトレット
  

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