こころの散歩
扉を開けたままに
扉を開けたままに
アイルランドの伝説によると、人里離れた山の頂上に母と息子が二人で住んでいました。
子供はすでに12歳になりましたが、母以外の人を見たことがありませんでした。彼は、何度か別世界の夢を見ました。春が来て、山で猟師に出会いました。猟師はその子供に、山の向こうの谷を下ったところには、楽しみがいっぱいの都会の世界、素晴らしい別世界があるのだと、告げました。
青年となった男の子は、母のもとを離れ、猟師と一緒に山を下りました。そして、アイルランド中を旅し、すべての街を見て、あらゆる種類の楽しみを経験しました。彼はあらゆることを経験し、過去のことをすべて忘れてしまいましたが、ただ一つのことだけは忘れることができませんでした。山にいるお母さんは今、何をしているだろう? たまらなくなった彼は、山を登り、お母さんのところへ帰りました。家に着いたのは、夜更けでした。お母さんの家に近づいた時、家の扉が全部開いているのが見えました。お母さんは、死んでしまったのだろうか? 彼は家のなかに駆け込みました。台所には、すっかり白髪になったお母さんの姿がありました。彼はすっかり変わっていましたが、母はすぐに息子だとわかって感極まり、泣きながら彼を抱きしめて、何度も接吻しました。彼は言いました。
「お母さん、なぜ家の扉を開けたままにしていたの? 動物やどろぼうが入ってくるかもしれないのに‥‥。」
お母さんは答えました。
「私の息子よ、おまえがここを離れた時から、ずっとこの扉は開いたままだったんだよ。私は昼も夜も、ずっと開けたままにしていたんだ。おまえが帰ってくる時、家が開いているのがわかるようにね。」
ホアン・カトレット / 須沢 かおり 編著 「マリアのたとえ話」(新世社)より