こころの散歩
手に入れた次第
手に入れた次第
バグダッドのカリフ、アル・マムンはすばらしいアラビア馬を所有していた。オマーという名の部族民の一人はどうしてもその馬を手に入れたいと思って、数頭のラクダと交換してくれと申し入れた。アル・マムンは馬は手放さないと断った。オマーはこれに腹を立て、策略を講じて馬をぶんどろうと決心した。
アル・マムンは決まったコースを馬で走ると知っていたので、彼は乞食姿に身を替え、病気を装って道端に横たわった。アル・マムンは心根の優しい男であったので、乞食を見ると哀れに思い、馬から下りて、サライの町へ連れていってあげようと声をかけた。
乞食は言った。
「ここ数日何も食べていませんので、立ち上がる力もありません。」
そこでアル・マムンは優しく男を馬に乗せてやった。そのあとで自分も乗るつもりだった。乞食は馬にまたがるや突如馬を走らせた。アル・マムンは追いかけて、「止まれ」と叫んだ。安全圏に逃げこんだと思ったオマーは、馬を止めて振り返った。
「よくも私の馬を盗んだな。」アル・マムンは叫んだ。「一つだけ頼みがある。」
「何だ。」オマーは叫び返した。
「私の馬を手に入れた次第はだれにも話さんでくれ。」
「なぜだ。」
「将来、道端に本当に病気で倒れ伏している人がいたら、どうなる。おまえの策略が知れわたったら、今後そういう病人は見捨てられ、だれも助けの手を伸ばすことはしなくなるだろう。」
アントニー・デ・メロ 著 / 裏辻 洋二 訳 「蛙の祈り」(女子パウロ会)より
画: Clip Art for year C, Steve Erspamer