こころの散歩
母を愛する人に
母を愛する人に
まだ三十歳代の裕福な男は、幼少時代に父を亡くし、未亡人の母と一緒に生活しました。身体の弱い母の手伝いをするために、家政婦さんが家にやってきました。母が他界し、数ヵ月後突然、若い男も失意のうちに死にました。彼には莫大な遺産の相続人がなく、また誰も相続人を捜すことはできませんでした。二人とも遺言を残していませんでしたから、全財産は国のものになりました。しばらくたって、邸宅の遺品を売るための競売が行われました。
かつての家政婦は競売に出かけて行きました。彼女は何かを買おうとしたわけではなく、あまりに悲しみが大きかったからです。彼女の注意を引いたものは、遺品のすべてのなかでただ一つのものでした。それは奥様の写真でした。彼女は亡くなった奥様を深く愛していました。その写真を買おうとした人は誰もいませんでしたから、彼女は数ペンス払ってその写真を買うことができました。家にその写真を持ち帰り、写真をフレームからはずそうとしました。そうしたところ、写真のフレームのなかから何枚かの紙が出てきました。それは重要な書類のように見えましたので、彼女はそれを弁護士のところへ持って行きました。弁護士は彼女を見て、笑ってこう語りました。
「気をたしかにしてください。若い男はすべての財産とお金を、この写真を買うほど母を愛した人に譲ることにいたしました。」
ホアン・カトレット / 須沢 かおり 編著 「マリアのたとえ話」(新世社)より