こころの散歩

海難救助

海難救助

 漁村は不安のうちに夜明けを迎えた。前日の夕刻から海が大しけになり、小さな漁船がたけり狂う海に木の葉のようにもまれ、岩礁に乗り上げて身動きが取れないでいるのだった。
 船は荒波の中で、そう長くは持ちこたえられないだろう。嵐が静まるには奇跡を待つしかない。浜辺では大勢の人が、大声で奇跡を祈っていた。
 救援の引き船に、悲観的な空気が流れた。すぐにも漁船を曳航しなければならないというのに、そばに寄ることさえできない。はしけを出すのは、気違いざただ。この距離ではロープを投げるわけにもいかない。
 そのとき突然、一人の男が漁船までロープを運ぼうと申し出た。危険なことだ。しかし彼は、救命胴衣を身につけ、腰にロープを巻きつけると、荒れ狂う海に飛び込んだ。そして苦心の末、漁船にロープを結びつけるのに成功したのだ。船は安全なところまで曳航され、乗り組んでいた人々は無事救われた。
 嵐はいっそう激しくこそなれ、静まる様子はなかった。「神は嵐を静める奇跡を起こしてはくださらなかった」と誰かが言った。すると別の者が答えた。
 「神は私たちの祈りをきき、奇跡を起こしてくださった。命がけでロープをつないだ人の心と手に。」

ホアン・カトレット 著 / 中島 俊枝 訳 「たとえ話で祈る―聖イグナチオ30日の霊操―」(新世社)より
  

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