こころの散歩
渇き
渇き
渇きのために唇はひび割れ、舌は腫れ上がっていた。口の中で動かすこともできないほどに。ときおり、一言二言話すだけだ。
「陸地は見えたか。」
「いや。」
「一滴の水と引き替えなら、何でもやるぞ。塩水はこれだけあるのに、飲めないときてる。」
「飲んだら死ぬぞ。」
「元気を出せ。最後まで希望を持つんだ。神は、人を水に落とすことはあっても、おぼれさせないもんだよ。」
太陽は容赦なく頭上に照りつけていた。陸地はまだはるか遠く、潮の流れが強いため、逆に沖へ沖へと押し出されていたのだ。疲労困憊しながらも、岸にたどり着こうと、彼らはボートをこぎ続けた。
海水を飲むのは、体にも渇きにも最悪のことだが、一人がとうとうこらえ切れずに、手で海水をすくい、口に運んだ。
「奇跡だ! これは真水だよ。」
他の者たちは信じられなかった。あまりに疲れ果て、のどが渇き、思考も乾き枯れ果てて、世界最大の水量を誇るアマゾン川の、幅五十キロメートルもある河口の沖にいることに思いいたらなかったのだ。その水量の多さのため、河口あたりの海面は、何マイルにも渡り真水になっていた。
何日もの間、真水の上を航海していながら、のどの渇きで死にかけていたという事実がわかったのは、ずいぶん後のことだった。
ホアン・カトレット 著 / 中島 俊枝 訳 「たとえ話で祈る―聖イグナチオ30日の霊操―」(新世社)より
画: ホアン・カトレット